9月8日(日)
関東を台風が直撃している夜、私には似合わない少しセンチメンタルに陥りながら、またブログ書いてます。
思えばなんでこんな私がこうしてペンをとるようになったのか、きっかけっていろんな時に起こるけど、そうそう私が服役中に独房でこれまでの人生に自分って個の生き方、考え方してたかなって、そう思い始めたからです。ちょうどそのときに読んでいた本の中に、
人間が自分の思想をまとめるには
文字を選択し
この文字で意味ある言葉を作り
この言葉を連ねて文章を作り
思想を構築していく‼️
文章から思想へと成長させていくには、あらゆるしがらみから、解放された時間と場所と存在が必要(心の自由な場所)
この自由こそが、変化や変異、進化を呼び起こす。
この時に自分のおかれている状況に当てはめてみると、今社会から隔離されて1人で独房の中、しがらみから離れこうしてこの言葉に出会えたこと、偶然ですませたくはない、多分私はここで生き方を変えるきっかけを得るため、今ここにいる必要があった。
そう自分に言い聞かせたんです。
そして、生きるってことについて考え始めるようになりました。
まずは自分の現在の問題を思って
1本当に何をしたいのか漠然としすぎていない
か
2求めているものが、自分の欲を満たすことが
根底にないか
3何かを変えようと思うところに、壊す心が多
くないか
4性的衝動が多すぎないか
5人より優位に立とうという気持ちがないか
6覚と不覚の間を揺れすぎていないか
7この中にいるから、今の思いにすがっていな
いか
8他の意を否定していないか
9嘘、二枚舌を使っていないか
この9題に対して自問しながら、自分の思いを書き連ねてこれまで、これからと様々な目標、目的を自分なりに作り上げたんです。
多分男なら誰だって、いや今は女性だって自分の力で間違っているものを変えたい、変える手助けがしたいって思うことがあるはずです。私みたいに今まで世のためにならないことばかりしてきて、60歳になってこれじゃいけないって思うと、もう後がないから焦ってしまう。それでも遅くてもいい、何かのきっかけで変わらなきゃって、それからが始まりの時だから。
私は思いは高く大きく持っています。チヨット恥ずかしいけど
人が不安から解消され安らぐとき、私も安らぎを得る
人が悲しみを乗り越えたとき、私も悲しみから解放される
人が苦しみから立ち上がったとき、私も共に立ち上がれる
人がさ迷いから抜け出せたとき、私もまた歩き始める
人が絶望から希望を抱けたとき、私も光を求める旅に出る
たとえ争い闘うことがあろうとも、それは相手を負かすことではない、壊すことでもない、滅することでもない。
相手を救う思い、相手の苦しみや辛さ、怒りを解放すること。
これまでの生き方で、他の者よりも人間本来の欲や苦しみ辛さ、心の強さ弱さを身をもって目の当たりにして来ました。
私のような立ち場で生きてきたからこそ、救える相手もいるし、気持ちを理解することも出来る。
私は人より少しだけ感受性が強く、この私だから出来ることが必ずある。
ある本で見ました、
天がこの人こそ大きな仕事を任せられると見込んだら、様々な試練を体験させる、希望や期待が思い通りにならないようにもする。
それは、その人の心を発奮させ、生きる力、出来る力を付けさせるためである。
一番きついと思えるとき、人はことの成就に最も近いところにいる。
そのときにこそ己れと世界についての新しい認識の始まりが実感できる。
私はこのことを信じています。そして人の思いってホントに願えば実現すること、私は今まさに実感しています。
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