2019年9月22日日曜日

人工知能、AI・・・

9月22日  土曜日
ここ数年でこの言葉を目にする機会が増えました。少し前までは【人工知能】と呼んでいたのに、いつの間にか【AI】で誰でも分かるまでになっています。
私達一般人には難しそうなので、強いて深く理解しようとまでは思っていませんが、たまに目についた記事やテレビ等にて、少なからず情報は入ってきます。
今はこの分野が科学の先端であり、インターネットに変わって、多くの資金が動いているとのことです。
人工知能なんて呼び名の時は、コンピュータに毛のはえた箱型のイメージでしたがAIと名が付いたとたん、人型が当たり前です。
自分で情報を集め、理解、考えているそうですが、なかには感情を表すものまでいるそうです。しかも、出来るだけ人に近づけようと見た目にもこだわり、人の皮膚に近いシリコン状のものを用いて、感情を表情にて表すというのですから、もうそう遠くない日に一見しただけでは、人と区別がつかないところまで進むのでは、と思っています。
なんのための人型のAI? 思いつくのは人が行うには難度の高い作業や危険をともなう作業等々
今後地球の人口は減少するのではないかという話ですから、人に変わる様々な分野へ進出してくるでしょう。
別に私はそれを危惧してるわけではありません。
ただ、AIに対して、多分皆さんとは違った視点で考えを巡らせています。
まあ、素人考えではありますが
先に述べたように、今後は地球規模での人口減少があると予測します。
環境問題、食料問題、パンデミック等要因はいくつも考えられますが、人が遥か昔から思い憧れているものに【不老不死】のテーマがあります。
医学がどれ程進歩しても人間は、肉体的構造のため200歳までは生きることはないだろう、と著名な医学者が話しているのを聞いたことがあります。
肉体的構造がネックになる、ならばAIは構造的にはパーツさえ交換していけば、半永久的な体を持つはずです。
人間とAIの違いがなくなって来るであろう近未来において、どこに違いがあるのかとしたら、意識(心)くらいのものかもしれません。その辺も微妙ですが。
半永久的な体はあります。あとは心の問題です。
今の科学の進歩を思えば、製造されたAIへの人からの、意識の転写、これこそが半永久の命を手にいれることになるのではと思います。
元々人間の脳は電気信号を使っているのですこら、あながち夢物語ではないような気がしますが、皆さんはどう思われますか?
といってもそれまで私は生きてはいないだろうし、これを読んでいる皆さんも残念ながら、実際目にすることはないかもしれません。
今日はなんとなく真面目に科学について思うままに書きつらねました。
う~ん、寝る前にこんなこと考えたら、頭が冴えてしまって寝不足は覚悟しないと。

2019年9月9日月曜日

きっかけ

9月8日(日)
 関東を台風が直撃している夜、私には似合わない少しセンチメンタルに陥りながら、またブログ書いてます。
 思えばなんでこんな私がこうしてペンをとるようになったのか、きっかけっていろんな時に起こるけど、そうそう私が服役中に独房でこれまでの人生に自分って個の生き方、考え方してたかなって、そう思い始めたからです。ちょうどそのときに読んでいた本の中に、
人間が自分の思想をまとめるには
  文字を選択し
  この文字で意味ある言葉を作り
  この言葉を連ねて文章を作り
  思想を構築していく‼️
 文章から思想へと成長させていくには、あらゆるしがらみから、解放された時間と場所と存在が必要(心の自由な場所)
この自由こそが、変化や変異、進化を呼び起こす。
この時に自分のおかれている状況に当てはめてみると、今社会から隔離されて1人で独房の中、しがらみから離れこうしてこの言葉に出会えたこと、偶然ですませたくはない、多分私はここで生き方を変えるきっかけを得るため、今ここにいる必要があった。
 そう自分に言い聞かせたんです。
そして、生きるってことについて考え始めるようになりました。
  まずは自分の現在の問題を思って
1本当に何をしたいのか漠然としすぎていない
    か
2求めているものが、自分の欲を満たすことが
   根底にないか
3何かを変えようと思うところに、壊す心が多
   くないか
4性的衝動が多すぎないか
5人より優位に立とうという気持ちがないか
6覚と不覚の間を揺れすぎていないか
7この中にいるから、今の思いにすがっていな
    いか
8他の意を否定していないか
9嘘、二枚舌を使っていないか
この9題に対して自問しながら、自分の思いを書き連ねてこれまで、これからと様々な目標、目的を自分なりに作り上げたんです。
多分男なら誰だって、いや今は女性だって自分の力で間違っているものを変えたい、変える手助けがしたいって思うことがあるはずです。私みたいに今まで世のためにならないことばかりしてきて、60歳になってこれじゃいけないって思うと、もう後がないから焦ってしまう。それでも遅くてもいい、何かのきっかけで変わらなきゃって、それからが始まりの時だから。
私は思いは高く大きく持っています。チヨット恥ずかしいけど
人が不安から解消され安らぐとき、私も安らぎを得る
人が悲しみを乗り越えたとき、私も悲しみから解放される
人が苦しみから立ち上がったとき、私も共に立ち上がれる
人がさ迷いから抜け出せたとき、私もまた歩き始める
人が絶望から希望を抱けたとき、私も光を求める旅に出る
たとえ争い闘うことがあろうとも、それは相手を負かすことではない、壊すことでもない、滅することでもない。
相手を救う思い、相手の苦しみや辛さ、怒りを解放すること。
これまでの生き方で、他の者よりも人間本来の欲や苦しみ辛さ、心の強さ弱さを身をもって目の当たりにして来ました。
私のような立ち場で生きてきたからこそ、救える相手もいるし、気持ちを理解することも出来る。
私は人より少しだけ感受性が強く、この私だから出来ることが必ずある。
ある本で見ました、
天がこの人こそ大きな仕事を任せられると見込んだら、様々な試練を体験させる、希望や期待が思い通りにならないようにもする。
それは、その人の心を発奮させ、生きる力、出来る力を付けさせるためである。
一番きついと思えるとき、人はことの成就に最も近いところにいる。
そのときにこそ己れと世界についての新しい認識の始まりが実感できる。
私はこのことを信じています。そして人の思いってホントに願えば実現すること、私は今まさに実感しています。

2019年9月8日日曜日

令和元年
富士総合火力演習
8月24日
 薄曇りの富士山の麓にて令和元年自衛隊による実弾射撃演習が実施されました。親族に関係者がいるので、どうにか手に入れたチケットを持ち、前日から静岡県入りをして天気だけは神頼みで迎えた当日は、曇り空からたまに日がさすという見学者からすればベストコンディションとなりました。
 実施されるのが午前10時から12までの2時間です。毎年のこととにかく少しでも良い場所を取ろうと私達は朝7時ホテル出発、早い者は前日の夜7時には入口前に陣取っていたと聞くからビックリ、あっ私達と書きましたが弟夫婦と嫁のお母さんと4人です。
 車での乗り入れ規制が厳しく、約500メートル歩いて場所についたときには、もう人人人で、後で聞いたところによると3万ほどの人の出があったとか、何より驚いたのは若い人が多いことです、それも小さい子を連れた若いカップルの多いこと❗️お祭り騒ぎではあるけれど自衛隊の演習に家族連れっていうことがなぜか私には誇らしくありました。
暑さと人いきれ、そして号砲の音とその爆風、火薬は4分の1の量とのことですが、いやもうその強烈さと言ったら、ちょっとやそっとでは驚かない私も思わず耳を塞ぐ始末でした。
終える前には、これが楽しみの人も多いお土産探し、出店が10店舗ほど出ていたので覗いてまわり、友人知人へ限定品の戦車などがプリントされた焼き菓子を購入、さっそく帰りの徒につきましたが、これが一苦労舗装されていない急な坂道をヨロヨロとよろけながら10分足ずでタクシー乗場へ、タクシーの運転手はこの演習が一年で1番の稼ぎ時とのことで、タクシー会社総出ではりきってました。
こうして演習場を後にした私達は車に乗り換え、千葉県までの長い帰途につきました。行き帰りとも1人で運転してくれた弟に感謝です。
今日本を囲むアジア周辺国は、とても厳しい状況にいることテレビ等にて連日放送していますか